ここ数年、「半導体が足りない」「DRAMが不足している」という言葉を何度聞いたかわかりません。
ニュース、SNS、企業決算、どこを見ても“半導体不足”。
ですが、少し踏み込んで供給網を眺めると、ある違和感に気づきます。
本当に足りないのは、CPUやDRAM“だけ”なのか?という疑問です。
結論から言うと、半導体不足の正体は、単一の部品不足ではありません。
もっと地味で、名前も知られていない部品たちが、静かに全体を締め上げています。
この記事では、今現在の供給状況を踏まえつつ、
「実はここが詰まっている」という部品・分野を整理していきます。
まず誤解されがちな「DRAM不足」
確かに一時期、DRAMは不足していました。
在宅需要、サーバー需要、AI需要が一気に重なったためです。
しかし現在はどうかというと、
DRAMそのものは“慢性的に足りない”状態ではありません。
価格は上下を繰り返しながらも、供給量としては比較的安定しています。
それなのに「半導体が足りない」と言われ続ける理由は何か。
答えは、周辺部品の不足が連鎖的に全体を止めているからです。
アナログ半導体という黒子のボトルネック
まず最初に挙げるべきは、アナログ半導体です。
電源IC、レギュレータ、オペアンプ、ADC/DAC。
派手さはありませんが、電子機器にとっては心臓と血管。
CPUは頭脳ですが、
電源ICがなければただのシリコンの塊になります。
問題はここからです。
アナログ半導体は最新プロセスでは作られません。
28nm、40nm、時には90nmといった古い製造ラインが使われます。
ところが、
・EV
・産業機器
・医療機器
・IoT
これらが一斉にアナログICを要求してきた。
需要は増えているのに、
古いラインへの投資は後回しにされがち。
結果、慢性的な供給のタイト化が起きています。
パワー半導体は完全に別次元の問題
次に深刻なのがパワー半導体です。
MOSFET、IGBT、そしてSiC(炭化ケイ素)、GaN(窒化ガリウム)。
EVや再生可能エネルギーの普及とともに、需要が爆発しています。
特にSiCは厄介です。
・結晶成長が難しい
・歩留まりが低い
・作れるメーカーが少ない
性能は素晴らしい。
高耐圧・高効率・高温耐性。
しかし、作るのが地獄。
そのため、EV向けSiCは常に争奪戦。
「チップ設計は終わっているのに、パワーデバイスが来ない」
そんな話が現場では普通に起きています。
半導体製造装置を止める“部品不足”
半導体を増やすには、製造装置が必要です。
ここで多くの人がASMLや露光装置を思い浮かべます。
ですが、本当に詰まりやすいのはその周辺。
・真空ポンプ
・精密バルブ
・圧力センサー
・超高純度ガス配管
これらは一点でも欠けると装置が完成しません。
しかも特注品が多く、代替が効かない。
結果として、
半導体を増やしたくても、装置が作れない
という自己矛盾が発生します。
これは供給不足というより、
供給網が物理的に細すぎる問題です。
見落とされがちな基板(ABF・BT基板)
意外と知られていないのが半導体用基板の不足です。
CPUやGPUの下にある多層基板、
ABF基板やBT基板と呼ばれるもの。
これがないと、
どんな高性能チップも実装できません。
問題は、
・作れるメーカーが限られている
・増産に年単位で時間がかかる
という点。
チップは完成しているのに、
「載せる床がない」状態が現実に起きています。
MLCCは消耗品なのに止まる
MLCC(積層セラミックコンデンサ)も周期的に不足します。
スマホ1台に数百~千個。
EVやサーバーでは高耐圧・高信頼性品が必要。
安価な部品ですが、
数が合わないと製品が完成しません。
MLCC不足はニュースになりにくい。
しかし現場では、地味に一番困る部品でもあります。
原材料という最後のボトルネック
さらに根本にあるのが材料不足です。
・高純度シリコンウェハ
・SiCウェハ
・フォトレジスト
・EUV向け材料
特にSiCウェハは、
原材料から結晶成長まで時間がかかる。
半導体は工業製品ですが、
材料はほぼ“育てるもの”に近い。
ここが詰まると、数年単位で影響が出ます。
半導体不足の正体はサプライチェーン物理学
ここまで見てきた通り、
問題はCPUやDRAM単体ではありません。
一番弱い部品が、全体の供給量を決める。
これは技術論というより、物理学です。
速い歯車がいくらあっても、
遅い歯車が1つあれば機械は止まる。
半導体不足とは、
この“遅い歯車探し”が終わらない状態だと言えます。
これから何が起きるのか
今後、
・EV
・AIサーバー
・再エネ
がさらに加速すれば、
真っ先に詰まるのは
パワー半導体と材料です。
DRAMの価格が下がっても、
製品が安定供給されるとは限らない。
半導体を見るときは、
チップではなく「全体構造」を見る。
それが、これからの時代の読み方になります。
